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ハガレン雑感(1)

最近、鋼の錬金術師にハマってるので、思うところを書いてみた。

第1話「太陽に挑む者」 脚本:會川昇 演出:角田一樹
振興宗教レト教に湧くリオール。その教主コーネロは「奇蹟の業」として錬金術を使う。教主に死んだ恋人を生き返らせてもうおうと信じ続けるロゼ,教主を不審に思うエドとアル。

基本は原作第1話「二人の錬金術師」。
冒頭の人体錬成は第23話が早くも混入。原作ではのどかな秋晴れの昼だったのが、雨降りの夜に変更。錬成反応を見つめるロイ中佐、いかにも曰く有り気。
続く、砂漠の場面はオリジナル。鎧の中身が空っぽだというのをそれとなく暗示。
舞台となるリオールの街はコーネロのおかげで、ワインの噴水があるほど栄えている。ワインの噴水って、どーゆーこと?一見すごそうに見えるが、「奇蹟の業」にワインが湧くほどの力があるはずなく、どっちかというとチンプで短慮。
リオールは錬金術が全く知られていない設定であり、国家錬金術師の名を知らすために、ラスト登場。
原作のイカロス神話に替えて「太陽も神じゃない。太陽に近づきすぎれば燃え尽きる」とした。それで完結してしまう台詞より、『これってどんな神話なんだろう?』と知的興味を発展させるような台詞が少年誌には望ましい。
原作ではコーネロの悪事が露呈しながらもロゼの意思で選択させたのに対して、盲目的に狂信するロゼ。軍が信者の幸せを踏みにじるような言い回しもあり、軍や国家というものが意識させる。この差は大きい。
エドは人体錬成としか言っていないのに、コーネロは「あちら側に身体を持っていかれた」と言う。身体の欠損=禁忌の代償という法則が既に社会に認知されているようであり、明らかに失敗。これでは「わたしは人体錬成をやりました」といわんばかりの主人公となってしまう。
トリのキメラも時間かせぎでチンプ。
月刊誌を毎週アニメでやってしまおうというのだから、多少蛇足的なとこが出てきても仕方ないかな?
また漫画は自分で選択して読むものだが、テレビアニメは放送という誰の目にも触れてしまう恐れがあるメディアであるため賛否に分かれる危険がある。それを知ってか、表現的には判りやすいが、内容は必要以上に重くしている感がある。

納得度:3.5

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