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ハガレン#17

第17話「家族の待つ家」
基本的にはよかったんじゃない?わたし、この話すきです。
でも少佐のキラキラはおおすぎ、意識しすぎだね。たまに要所で出すから生きてくるのに。
アルの苦悩はまだ大丈夫だけど、ウィンリィと銀時計をここでやっちゃうってことはドミニクさんはなし?出産ネタも前にやっちゃったし。
「ばっちゃんハラ減った」は欲しかった。この回はこの場面が一番象徴的だと思う。
さて、ウィンリィのネジ忘れがないってことは、出張修理もないのかな?

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てすと

携帯からおくってみた。 できたかな?

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ハガレン雑感(2)

第2話「禁忌の身体」 脚本:會川昇 演出:安田賢司
第1話の続き。民衆に捕らえられたエド、コーネロの悪事を放送し露呈させる。エドの怒りが爆発し、コーネロの「賢者の石」も砕け、最後はラストらに殺される。エンヴィーが偽教主として現れる。

基本的には原作第2話「命の代価」
エドが捕らえられる場面やトリの化け物、銅像が歩いたりはオリジナル。
人体錬成を最大の禁忌としておきながら、キメラやトリの死骸が飛んだりと命の錬成は割と簡単にやられてしまっている。第1話でもコーネロの錬成はいくら「賢者の石」でも原則を無視しすぎじゃない?
原作ではエドが逃走する際、教団側の人間を倒す場面があり、いかにも少年マンガという描写がされている。最近じゃ原作でも滅多にお目にかかれないからか、あっさりアニメではあっさりカット。非連続時間軸のマンガと連続時間軸のアニメじゃデフォルメのやり方に違いができちゃうのは仕方ない。
エドが一晩捕まっている間にアルが放送機材の準備をするというのは、時間的余裕としてはこちらの方があっているかも。
第1話で語られるべきはずのコーネロの野望はロゼの前だけでなく、放送機材の前で語られる。言ってることは両方とも同じだからあまり差異はないが。
コーネロは錬金術を使わないのにリバウンドをくらってるが、等価交換の代価を払えないかわりに自らの肉体を代価とするのがリバウンドであり、術をつかわないのにリバウンドを受けるのはおかしいんじゃない?
ラスト曰く「この街はエサだったんだもの。賢者の石を求める者たちが噂を聞いてここに集まる。そして...」どうも謎を作りたがる。
原作6話でコーネロにエンヴィーが化けるが、早くもここで登場。変身のエンヴィーがどうやって鳥の死骸を飛ばして消滅させたのか?そこまで能力があったか?そもそも、あのトリの死骸はいったいなに?「ロ..ゼ..」と言ってたキメラ?
「奇蹟の業」だけで砂漠の街をあれだけ豊かにしていたわけではないはず。信仰が力となって、民衆に力を与え労働と生活を安定させていたのであり、そちら側の人間から見ればエドとアルは「悪魔の使い」である。いまでこそ『宗教』ってのは胡散臭いものと見られがちだが、人の心のよりどころであり決して悪いものではない。現代人は「信じる」ということに恐れを抱く傾向にある、裏切られた時のショックに耐えられない、心の強さを失ってしまっているから。
幼少期の回想シーンは原作6話と21話の混成。「お母さん」の声優は鷹森淑乃、ナディアだ。懐かしーい!ナディア大好きだった、「うわあ、科学の勝利ですね!ネモ艦長!」「艦長ではない!船長だ!」「肉を食べるなんて野蛮よ」のナディアです。
ちなみに、エドの声優さんの朴さんはターンAガンダムで主人公ロランではおっとりした感じだったで良かったが、エドではキャラが合っているのかこれまたイイ。
アル役の釘宮さんはいかにも声優です!って感じ。

納得度:3.0

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ハガレン雑感(1)

最近、鋼の錬金術師にハマってるので、思うところを書いてみた。

第1話「太陽に挑む者」 脚本:會川昇 演出:角田一樹
振興宗教レト教に湧くリオール。その教主コーネロは「奇蹟の業」として錬金術を使う。教主に死んだ恋人を生き返らせてもうおうと信じ続けるロゼ,教主を不審に思うエドとアル。

基本は原作第1話「二人の錬金術師」。
冒頭の人体錬成は第23話が早くも混入。原作ではのどかな秋晴れの昼だったのが、雨降りの夜に変更。錬成反応を見つめるロイ中佐、いかにも曰く有り気。
続く、砂漠の場面はオリジナル。鎧の中身が空っぽだというのをそれとなく暗示。
舞台となるリオールの街はコーネロのおかげで、ワインの噴水があるほど栄えている。ワインの噴水って、どーゆーこと?一見すごそうに見えるが、「奇蹟の業」にワインが湧くほどの力があるはずなく、どっちかというとチンプで短慮。
リオールは錬金術が全く知られていない設定であり、国家錬金術師の名を知らすために、ラスト登場。
原作のイカロス神話に替えて「太陽も神じゃない。太陽に近づきすぎれば燃え尽きる」とした。それで完結してしまう台詞より、『これってどんな神話なんだろう?』と知的興味を発展させるような台詞が少年誌には望ましい。
原作ではコーネロの悪事が露呈しながらもロゼの意思で選択させたのに対して、盲目的に狂信するロゼ。軍が信者の幸せを踏みにじるような言い回しもあり、軍や国家というものが意識させる。この差は大きい。
エドは人体錬成としか言っていないのに、コーネロは「あちら側に身体を持っていかれた」と言う。身体の欠損=禁忌の代償という法則が既に社会に認知されているようであり、明らかに失敗。これでは「わたしは人体錬成をやりました」といわんばかりの主人公となってしまう。
トリのキメラも時間かせぎでチンプ。
月刊誌を毎週アニメでやってしまおうというのだから、多少蛇足的なとこが出てきても仕方ないかな?
また漫画は自分で選択して読むものだが、テレビアニメは放送という誰の目にも触れてしまう恐れがあるメディアであるため賛否に分かれる危険がある。それを知ってか、表現的には判りやすいが、内容は必要以上に重くしている感がある。

納得度:3.5

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とりあえず はじめてみました

知人にすすめられて、ココログ参入。
どんなページになっていくのか、楽しみなような、怖いような。

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